出羽三山の旅(4)2021年10月03日 08:59


 象潟


今回の旅行のメインは「羽黒山」と「月山」なのですが、その前後に入るのが最初の日の「山寺」と最後の日の「象潟(きさかた)」です。これらの場所を強いて結び付ければ松尾芭蕉の『奥の細道の旅』ということになります。400年前の不世出の俳人が旅した地域を同じように回って、あたかもその追体験をしようという人たちは現在でもたくさんいます。私も、意識したわけではないのですが、この地域で訪ねたい場所を選んでいると自然にこのコースになりました。以前、廣重の『大江戸名所百景』の舞台となった場所を訪ねる散歩企画をやっていたことがありますが、そのかなり多くの場所が現在でも名所あるいは最近まで名所だった箇所であることに気づいたことがあります。日本人の美意識というかあこがれの対象となる風景というのは時代を超えて変わらないものがあるのかもしれません。


ただし、名所としての価値は、特に「象潟」では芭蕉時代とは違っています。芭蕉がこの地を訪問した元禄年間には象潟は九十九島と呼ばれ、東の松島と並ぶ海の景勝地でした。それが1804年(文化元年)の地震による地殻の隆起で一日にして陸地と化し、現在見るような、水田の中に浮かぶ島々という不思議な景観に変わってしまいました。この現在の景色を「まるで盆栽のように美しい」とみるか、それとも地球の地殻変動の象徴を示す天然記念物とみるかは個人の好みでしょうが、私は、地球の持つ底知れないエネルギーを感じさせる地形として火山の噴火口や河岸段丘、氷河地形などと同様な自然地理的な興味を感じます。


鶴岡から地元の高校生や中学生とともに、車窓から最上川や鳥海山を眺めながら1時間以上かかって象潟に到着です。下りてみるとここは本当に観光地かと思うほど駅前は寂しく閑散としています。わずかに「芭蕉翁の足跡」という黄色いマークが駅構内から駅前道路の上に点々と描かれているのが唯一のそれらしき印です。陸の九十九島を示す標識もパネルもありません。環境客は鉄道では来ないのか? 


確かに事前調査によれば、象潟は道路沿いの道の駅の展望台から眺めるのが一番よいと書いてありますので、私のように歩いて来る人はあまりいないのかもしれません。しかし現代ではスマホ内蔵の地図ソフトもGPSもありますから、この静かな名勝地には15分もかからずに到着できることはわかっていますのであせらず歩き始めます。目的の水田地帯は駅の反対側ですから道路を選んで近づいていると、自転車に乗った地元の人と思しきおじさんが寄ってきて「見物ですか?」と話しかけてきました。地方ではよくこういうひとに出会います。親切な人がほとんどですから少し話し、向かっている方向が間違いでないことを確認できました。一番近い島は目の前でしたし、九十九島をめぐる周遊コースを示す案内板も立ててあります。実に質素な観光地なので、観光バスで乗り付けるような場所ではないんですね。


象潟は天下の名勝地とはいえ、上の写真でもわかるように要するに田んぼの中に盛り上がった林が点在するだけの景観です。実際には島は大小の岩石でできていて火山由来であることがわかります。さらに背景にはこの地形を生み出した鳥海山の素晴らしい山容も見えますが、関心のない人には退屈なだけの場所かもしれません。私も、退屈はしませんが、いくつかの島の廻りを歩き回っているうちに、ここに3時間いるのは大変かなと思い始めてきました。少し離れた道の駅まで行けば遠景も見えるでしょうし、何か地元のお土産が買えるかもしれませんが、この水田の中には休み場所もないようです。実は、1時間半くらいで駅に戻れば帰りの電車があるのですが、そのあとは2時間空いてしまいます。ここがローカル線の旅の悩ましいところです。結局1時間程度の滞在で駅に戻ることにしました。


 ローカル線の旅


この象潟には羽越本線という新潟と秋田を結ぶ鉄道に乗って訪問しました。象潟からの帰りには陸羽西線というこれも聞きなれない路線に乗車しますので、この日はローカル線の旅ということにもなります。



象潟から東京方面への帰り道は、羽越本線の余目(あまるめ)という駅から、いま述べた陸羽西線に乗り換えます。羽越本線も無人駅のほうが多いようで、先頭車両に運賃箱が置いてあったりというバスと同じようなワンマン体制ですが、陸羽西線はこれに加えて電化していない、久しぶりのジーゼルカーでした。乗車してから車内にただよう排気ガスの匂いで気づいたのですが、私が育った埼玉県大宮の川越線も埼京線と繋がるまで非電化でジーゼルカー運行でした。さらに高校時代までは一日2回SLが走っていたことなどを思い出してしまいました。


陸羽西線は最上川の河岸段丘を川の流れと並行しながら上流に進みますので、堤防はもちろん時折雄大な川面が見えるという観光路線です。終点の新庄駅では山形新幹線「つばさ」に初めて乗りましたが、ここからは雰囲気ががらりと変わります。もはやのどかなローカル線ではなく、大きな荷物を持った客がたくさん乗車してきて、大宮までほぼ満員でした。