ファーブルの『昆虫記』2025年09月12日 16:11

(これも15年前の記録を見ていて思い出したことですが)2001年の5月にファーブルの『昆虫記』(岩波文庫版 全10巻)を読み終わっています。中断もあり、時間を見つけての(多くは移動の電車内)読書ですから、おそらく三年近くの時間がかかっていると思います。子供のころ『動物記・博物記・昆虫記』という本を読みファーブルを知りました。この中に出てくるファーブルの少年時代のアヒルを連れての小さな沼の思い出や水槽を作って水棲昆虫の生態を観察する記述は私を夢中にさせました。ただし、漢字ばかりの当時の岩波文庫版の本物の『昆虫記』には手が出ず、長いこと読みたいと思いながらそのままでした。


「あひるの沼」は『昆虫記』第7巻第7章のなかで水生昆虫の話の途中に書かれたエピソードです。観察記録とは直接の関係のない、こういう小さな、しかしおもしろい挿話が出てくるので「昆虫記」は永遠の文学になっています。残念ながら、壮年になってからの再読では子供のころの感動は蘇りませんでしたが、あのころ手がでなかったファーブルの精緻で丁寧な文章を時間をかけて楽しめるようになりました。

(以下は15年前の感想)

<十九世紀末から二十紀初頭まで三十年間にわたって書き続けられたこの膨大な著作について(特に日本では)大概の人が知っているようですが、全巻を読むひとはどのくらいになるのでしょうか。おそらく教科書か何かで断片を読み、単なる虫の観察記録程度に考えているひとが多いと思います。しかし、『昆虫記』は「博物学の巨人ファーブル」(これは奥本大三郎氏の言葉)の知識と経験の集大成であり、随所に人生と人間に対する深い洞察と美しい思い出が散りばめられた、その名に値する数少ない永遠の書物であると私は思います。/ファーブルの時代にはビデオも電卓もコピーもなく(そもそも電気がなかった)、さらに生涯貧窮にあったファーブルには虫眼鏡で根気よく観察をつづけ、粗末な机の上でペンにインクをつけて紙の上に記録していく以外の方法はありませんでした。しかし、その結果、そこに類(たぐい)まれな「文学」が生まれたのです。映像でなく、言葉(文字)で記録したからこそ、単なる観察記を超えた広がりと深みが生まれたともいえます。現代にはもちろん、こんな学者もいないし、こんな方法論も存在しないでしょう。幸福なのか不幸なのか、誰にもわかりません。>

   岩波文庫版「昆虫記」について


ファーブルの『昆虫記』はいくつかの翻訳があるようですが、有名なのは私が時間をかけて通読した岩波書店版の『完訳 ファーブル昆虫記』全10巻で、1989年に出ています。すぐに文庫版となり、現在まで発行され続けています。本当のロングセラーです。私の読んだのはもちろんこの文庫版です。最近では、ファーブルを敬愛するフランス文学者の奥本大三郎氏の『完訳版ファーブル昆虫記』(集英社・全10巻・20冊)が知られています。私はこの本を最初の巻から購入していたのですが、すぐに読むためではなく、豪華で、たくさんの綺麗な写真の入ったこの本を鑑賞するためでした。しかし、途中で何年間も発行が止まったりして、奥本氏の健康まで心配しましたが、10年以上の年月をかけて完結しました。そこであらためて本文をゆっくり読もうと思ったのですが、年齢のためか、あるいは同じ内容を読む気力・意欲がなくなったのか、現在はむなしく書棚の華になっています(しかし、今回もう一度開いてみたところ、本文の文字サイズが大きく、老後に?読むには最適と思い直しました)。これが上の写真です。


その下はおなじみの岩波文庫版。翻訳は山田吉彦・林達夫の共同訳となっています。本文はわかりやすく、適度に硬く、まさに名訳と思います。林達夫氏は高名な哲学者・評論家ですが、もうひとりの山田吉彦というのは、なんとペンネームを「きだみのる」という破天荒な人物の本名です。どうして、このふたりが戦前から戦後まで10年以上もかかってこの『昆虫記』の日本語訳を行うことになったのか、その辺の事情はわかりませんが、最初に翻訳を開始したのはきだみのる(山田)で、『昆虫記』の内容と美しい文章に魅了されたためのようです。きだみのる(山田吉彦)の個人訳部分もかなりあるようです。


ただ、現在、パソコンのAIなどに聞いてみると
<文庫版の「訳者あとがき」や「解説」では林氏の筆が中心になっている巻が多く、読者の印象にも強く残るのは林氏の思想的な語り口かもしれません。>
というAIとは思えない返答がかえってきました。しかし、第1巻の最後に記されている「訳者から」の「ファーブル略伝」と「ファーブルの旧地を訪ねて」はどうもきだ(山田)が書いたような雰囲気です。困難な翻訳作業の合間に楽しんでいるようなユーモアに満ちた楽しいエッセイです。AIの回答にも?が残ります。


* 『きだみのる―自由になるためのメソッド』(太田越智明)という本で、これが、きだ(山田)が書いたものであることを確認できました。

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