世界遺産の古墳群 ― 2025年06月22日 15:31
大阪にある「百舌鳥(もず)・古市古墳群」といえば仁徳天皇陵(大仙古墳)や応神天皇陵など教科書でもおなじみの巨大古墳をはじめ大小有名な古墳が密集して点在し、その間を竹内街道や高野街道などのこれも日本有数の古街道が幾本も走っているという地域なので、機会があれば訪れてみたいと思っていました。
よりによって真夏のような暑さが続くとは思いませんでしたが、この6月中旬の3日間、気軽な一人旅でまわることができました。場所は堺市と羽曳野市さらに藤井寺市などを含む大阪府の西南地域で、かつて大阪湾に注いでいた大和川・飛鳥川をさかのぼって古代日本のヤマト王権の揺籃地に達することができ、さらに陸を行けば最古の官道である「竹内街道」の起点でもあります。
まずは、古墳のことから。百舌鳥古墳群の起点は大阪西北の大都市・堺からになります。初めての訪問ですが想像以上に大きな都市で、街の賑わいもその活気も相当なものです。まず、近鉄の「堺」と南海の「堺東」という大きな駅が2つあります。2つの駅の間には「大小路」という数百メートル続く広い道があり、これは「おおしょうじ」というんですが、室町時代からあるそうで、しかもこれが、大阪湾から明日香・奈良につながる日本最古の官道である「竹内街道」の起点にもなっているということで、なんとも関西の歴史の長さを実感させます。
その大小路・竹内街道を直進すると右側に22階建ての豪壮な堺市役所が地域を圧倒するように建っています。そのすぐ先は堺東駅です。この市役所の最上階が展望テラスになっていて眼前に仁徳天皇陵が見えるという触れ込みでしたので、さっそく登ってみるとにぎやかな小学生の集団に遭遇です。おそらく市内外の子供の参観場所なんでしょう(なお、仁徳天皇陵など宮内庁管轄の慕陵は学術的にはこう呼びませんが、地元はみんなそういいますのでそのままにします)。下を見ると確かに仁徳天皇陵がありますが、多くの巨大古墳がそうであるように全体に樹木が茂っていて周濠も見えないので、まるで大きな林が広がっているとしか見えません。ただし周囲がほとんど住宅でその中に緑の古墳だけが浮かんでいるので、尋常でないその規模を体感することはできます。
この日、暑いことはわかっていましたので、堺駅前でレンタル自転車を借り、これで移動しました。実際の仁徳天皇陵はこの堺市役所前の竹内街道を500メートルほど進んだ右側に現れます。大きなビルが林立している現在では想像できませんが、改修以前の大和川も近くを流れていたそうなので、船上からも陸上からもこの巨大陵墓は圧倒的な迫力で見えたに違いありません。
現代の陵墓は、近くに行っても、鉄柵に囲まれてその陰から濁った内堀と繁茂した木々以外はよくわかりません。まずは隣接する公園(大仙公園)に入ってみましたが、これまた広く、10分くらい走り回ってから、長塚古墳という公園内の小さな古墳の前で休憩。小さいといっても周囲壕をめぐらせた前方後円墳です。公園内にはこの他にもいくつかの古墳があるようで、西南の端には仁徳天皇陵の3分の1くらいのサイズで、ほぼ同じ向きにつくられている履中天皇陵があります。
巨大古墳は周囲を回るだけ
途中にあった茶店で、海風を感じながら少し休み、仁徳天皇陵の参拝所へ向かいます。古墳群中の天皇陵はこのように参拝所が設けられていて、ここから中へは入れません。参拝所でも古墳本体はほんの一部がみえるだけです(東京・八王子にある多摩御陵も同じ感じですが、大正・昭和天皇の墳丘は小型なので全体が見渡せます)。古墳の中は見えませんが、周囲には遊歩道が設けられていて一周をまわることができます。公園も古墳回りも、春か秋の季節のいいときに歩いてみたらとてもいいと思います。
さて、次は少し離れたニサンザイ古墳に向かいます。ニサンザイとは奇妙な呼び方ですが、地名ではなく、語源はよくわからないようです(反正天皇陵との伝承あり)。仁徳陵正面前の竹内街道から枝のように伸びている西高野街道を進んで右折した場所に、仁徳陵と90度回転した形態で現れます。この陵墓はその墳丘の形が世界遺産古墳群の中で一番美しいといわれるのですが、周囲の堀が広い溜池に拡大されているようで、一見すると海に囲まれた緑の島のように見えます(一番上の写真)。ここも樹木に覆われて墳丘は見えませんが、これだけでも他の古墳と比べて目の保養になります。
2日目の古市古墳群には電車だと約40分ほどかかります。南下する途中の乗換駅「河内長野」も河内平野の古都で多くの遺跡が点在します。そこから金剛・葛城の山々を見ながら北上してようやく到着ですが、陸路の竹内街道はここまで直進しているので距離自体は意外に近いです。古市の駅前を通る道が竹内街道ですが、実はここまではあまり古道の雰囲気はありません。しかしこの駅から少し進むと次の辻に[左 大和路 右 大坂路」という道しるべが現れ、細く曲がりくねった街道の感じが出現します(写真は次の記事で)。
地元の人は無関心?
古市古墳群の目玉は仁徳陵と並ぶ巨大古墳「応神天皇陵」です。ただ駅の近くではないので、ここでも自転車を借りて、車の通る現代の街道を走るしかありません。この日も暑い中、なんとか「応神天皇量」の方向に歩みだしますが、どうも仁徳陵のような表示版などが見当たりません。「河内ふるさと歩道」のコースになっているのですが、訪れるひとは少ないようです。ようやく発見した道しるべをたよりに参拝場所を見つけましたが、ここには周囲を回るきちんとした遊歩道も整備されていないようです。隣接して公園にもなっている隣の仲姫命(応神天皇皇后)陵のすぐ付近で場所を訪ねても犬を連れた若いご婦人は「行ったことがありません」というつれない返事。確かに住宅街の目立たない場所だったのですが、おりから大阪から来たというシニアの団体と遭遇し、お互い「暑い中ご苦労さん」と慰めあいました。
藤井寺駅方面にある「雄略天皇陵古墳」にも行きたかったのですが、古市に戻る必要があり断念。3時前、さすがに暑く、この日の午後は堺のホテルにもどって休憩、夕方に街を散策することにしました。
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