共感あふれる『ナウマン伝』2024年08月13日 17:20


最近起きた宮崎・日向灘の地震に関連して「南海トラフ巨大地震注意報」が世上をにぎわしていますが、テレビでの説明を聞くとこの南海トラフとはフィリッピンプレートとユーラシアプレートの間の深海にある海溝で、西が九州付近、東は静岡県付近まで続いている壮大な海溝だといっています。地震に関する話はたいていこの辺で終わりますが、この「南海トラフ海溝」は静岡付近でもうひとつの北米プレートと衝突しているために終わっているのですが、地形的には駿河湾で静岡の西部にいたり、そのまま日本列島を縦断する形で新潟県まで北上しています。


当然、陸の上でも大きな溝状の断層地帯を形成しており、その溝帯のすぐ西に並行する形で日本アルプス山脈が南北にそびえたっています。日本列島の東西を区切るようなこの世界地図的な視点もでわかる大地形を「フォッサマグナ」と呼びますが、テレビなどではこの話をあまりすると長野や新潟の方に無用な心配を与えるので(多分)言論封鎖?されているのだと思います。


さて、この重要な地形を発見し世界に報告したのが明治の初めにドイツから日本に招かれて地質学の基礎を築いたエドムント・ナウマンであることは、前回の記事『フォッサマグナ」を見る』で書いた通り、日本に来て3か月後の地形調査旅行の際に、現在の長野県・野辺山付近の光景から見た地形に衝撃を受け研究し、これをドイツの地質学会で発表しました。世界に「フォッサマグナ」が知られる契機です。「フォッサマグナ」と並んで日本の地形を特徴づけている「中央構造線」もナウマンの発見です。滞在わずか10年の間に日本中を歩きほぼ完全な日本列島の「地質構造図」を完成させてもいます。しかし、この偉大な人物とその生涯は、日本国内はもちろん、ヨーロッパでも広くは知られていませんでした。


こうした現状をひそかに嘆いていた一人の女性地質学者が最近(2019年)世に出したのが『地質学者ナウマン伝―フォッサマグナに挑んだお雇い外国人』(朝日新聞出版)です。著者の矢島道子さんは東大理学部出身の古生物学研究者ですが、この本の序文には


「あなたのことがこの十数年ずっと気になって、あなたの日本での足跡を追い続けてきました(略)あなたの仕事は日本ではほとんど忘れ去られ、ナウマンゾウ化石の由来者としてわずかに知られているだけです。(略)お雇い外国人のうち、あなたほど悪く言われている例を私は他に知りません。(略)日本だけでなく、母国ドイツでもほとんど知られていないあなたの足跡を追い続けた結果をこれからお見せします。(略)これを読んで天国であなたが微笑んでいただければ、これまでの文献解読や調査旅行の苦労も報われるというものです」


というラブレターみたいな情緒あふれる文章が散在しています。もちろんナウマンが追い求めた研究テーマについては(彼女も専門の研究者ですから)現代の最新情報まで取り入れた解説がありますが、この本は、地誌地学という固い学問の話かと思いきや、魅力的なナウマンという人物について、その生い立ちから青年時代の日本での活動、母国でのその後の活動、逝去・死後の模様までを丹念に追いかけたすばらしい一冊になっています。


こうした忘れられた科学書への敬愛とあふれた科学評伝で思うのはこのブログで<『種の起源』の旅>と題して2020年に6回にわたり投稿した記事のこと。これは生物研究者である新妻昭夫氏(故人)が、生物学者というより採集家として知られているアルフレッド・ラッセル・ウォーレスという人物の足跡を丹念に探った渾身の名著『種の起源を求めて』についての記事です。有名なダーゥインの陰に隠れ、知られていないこの青年が、まったくの独学で「進化論」という結論に達するまでの物語も感動と驚きの連続です。


矢島道子さんのこの著作も、新妻氏と同じようにナウマンへの強い尊敬と共感の場に満ち溢れ、故郷ドイツ・マイセンの風景から最後はフランクフルトにある彼の墓石さらに子孫の様子まで紹介しています。明治の日本地質学にあった(しかも矢島さんによればそれが今でもあるらしいのです)ある種の偏見の中で無視されてきたナウマンの業績も、近年になって1994年には糸魚川市のフォッサマグナミュージアムの開館などもあり、広く紹介されるようになりました。


地質学の数億年、数千万年という時間軸の中では、ナウマンの活躍した時代から現在までの140年間なんて本当に微々たるものです。まして人間の名誉や愛国心にもとづく偏見なんてなんと小さなことか。


上の写真は、秩父・贄川からナウマンが眺めて「セカイイチミハラシガイイ」と語ったという風景。です。(ブログ「国立公園鉄道の探索 ~記憶に残る景勝区間~(https://ameblo.jp/kokuritukouentetudou/)」からお借りしております)

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