東博の金剛力士像 ― 2025年07月04日 16:55
東京・上野公園にある「東京国立博物館(通称:東博)」は明治初年の開館以来、日本の国内外の貴重な文化財を収集し、保存展示している施設です。関西にも同様の博物館がありますが、質と量ではこの東京館が最高と思われます。別館でたびたび行なわれる特別展には行ったことがありますが、本館(通常館)はかなり長い間ご無沙汰でした。たまたま隣の「科学博物館」を訪れる機会があり、ついでという感じで東博にも足を向けたところ、今年の4月から本館が新装され、展示品や展示方法がかなり変わったということで興味がわいてきました。
本館1階の11室すべてがにニューアルされたようですが、なんといっても印象に残るのが入館して最初の部屋に堂々と置かれた2体の金剛力士像です。いわゆる寺院の山門の左右に並んで参詣者をにらみつけているおなじみの仁王様ですが、貴重なものほど周りに金網などが張られていて内部が良く見えませんし、じろじろ見つめると怒られそうで? 細かい造作まではなかなか観察できません。有名な東大寺南大門の運慶・快慶作と伝わる金剛力士像は鎌倉時代初頭に造像された巨大像でことに有名ですが、現在この東博で人々を睥睨している力士像は説明によると平安時代後期の作とのことなのでちょっとちがった見方ができます。
大きさは3メートル弱ですが、透明さを増したガラス越しにみると、大きな手と足を伸ばして威嚇するようなその姿勢は迫力十分です。口を開けて左手に剣のようなものを持っているのが「阿行(あぎょう)」(上の写真)、右手を開いて何かを押し込めているような姿勢をとっているのが「吽形」(うんぎょう)(下の写真)です。「阿」と「吽」とは物事の最初と最後さらには宇宙の始まりから終わりまでを示すとされ、この2対の像の間にすべてが入るという意味らしいです。いわゆる「阿吽の呼吸」ですね。
この力士像はまるでスカートのような腰巻状の衣装をまとい、後ろから見るとちょっと体をくねらせたユーモラスとも見える格好をしています。実際のお寺の仁王像はこのように四方から見ることができませんが、ここでは可能です。
この大きな力士像ですが、当然、木造で、細かい、部材という部品の組み合わせでつくられています。展示場に置かれたパンフレットには驚くほど細かく分解されたパーツが示されていますが、頭部から足まで実に微細に分かれています。古代でも多くの寺で造られた仁王像でしょうから相当の点数が製作されたでしょう。こうした部品ごとの分業体制を敷くことによりかなり効率的な作業ができたものと思われます。まるで現在の自動車の部品加工と組み立ての流れをみるようです。試行錯誤の上にこうしたシステムができるまでには相当な年月がかかったものと思われます。平安時代にこうした体制が完成し、やがて鎌倉時代の木彫美術の隆盛をみることになります。
展示までの数奇な経緯
この仁王像が、上野の森に置かれるようになるまでの数百年以上にわたる時代と政治状況や自然環境の変遷の中でたどった運命もまた数奇なものです。この仁王像は、かつて滋賀県栗東市にあっだ、隆盛期には七堂伽藍を備えた大寺院であったと伝えられる平安以前からの名刹・蓮台寺の門に収められていました。中世・足利時代の戦乱では足利義尚方の陣所(城)のひとつになったとされますが、江戸時代に入り、寛永年間の火災で主要な建物が焼失し、唯一仁王門だけが残っていたようです。そして、さらに時を経た1934年(昭和9年)の室戸台風によって大破し、戦中・戦後の世相の中で再建もならず、雨ざらしということはなかったのでしょうが、多分、ばらばらの部材の状態のまま保管されていたようです。
その後、国の施設により買い取られ、10年ほど前から再建と修理を繰り返して、2022年の東博の展示会で始めて展示され、今ではこのように東博の宝になっています。再建にあたっては、江戸時代に付け加えられた構成の加工を取り除き、塗装も復旧し、平安時代の古風で力強い姿が再現されています。
正門前のユリノキの大木
ところで、この東博に入るたびに正面向かって左にそびえているユリノキを見上げます。まるでシンボルのようですが、近寄ってみると、太く枝別れした幹と地上にのたうつ根が圧倒的な巨樹です。ユリノキは日本に自生する樹木ではないので、樹齢も含めていつからこの地にあったのか何となく気になっていました。この樹の3メートルくらいの高さの幹にプレートがありますが、植物についての説明だけで、他にないかと見渡すと近くに、銘板があり、以下のように書かれています。
明治8、9年(1876~77)頃渡来した30粒の種から育った1本の苗木から明治14年(1882)に現在地に植えられたといわれ、以来博物館の歴史を見守り続けている。東京国立博物館は「ユリノキの博物館」「ユリノキの館」などといわれる。
つまり、1876年(明治8年)頃に発芽したわけで、今年でほぼ150歳というわけです。150年でこれだけの大きさになるんだ!
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