妙音沢の石碑2016年09月28日 17:05

朝霞市の環境団体の主催する「まち歩き」に参加し、東武東武線の朝霞台駅から黒目川を上流に向かい、新座市の妙音沢付近まで歩きました。参加者は23人、雨の多かった9月では久しびりの好天でした。(前の日の御正体山も大変な目にあいました!)

朝霞リサイクルプラザ(産業文化センター)前を通って浜崎黒目橋から上流へ、土手上の遊歩道を列になって歩きながら、周りの景観を楽しみます。東武東上線鉄橋のトンネルをくぐると東林橋までは両岸が桜堤。彼岸花も咲いています。先日の台風時には「洪水警戒警報」が出ましたが、堤防を超えるようなことはありませんでした。

高橋あたりでは、川と台地崖線の緑、最近さらに増えてきたマンション群を一望できる朝霞らしい風景ですが、崖線斜面林はだんだん減少しているようです。泉橋付近の堤防近くには最近、数本の樹木が植えられています。桜だけでない多様な樹木・植物が豊かな自然を守る役目を果たします。

朝霞市南部の膝折地区に入ったあたりに新しくできた「水車広場」があります。明治から大正時代にかけて、この地には黒目川の水量を利用した伸銅工業がたくさんあり、朝霞の近代化を支えた歴史は朝霞市博物館の展示でも見ることができます。

遊歩道が川越街道をくぐるあたりで新座市との境になります。黒目川の護岸の様子も変化してきます。ここから崖を登る形で子の氷川神社に向かいました。この神社裏手には豊富な湧水があり、2つの池を作っています。これは次に行く妙音沢と同じように武蔵野台地の地下水構造のめぐみです。新座市霊園をへて、吊橋状のデザインで有名な市場坂橋(心霊スポットとの噂あり)の下が「妙音沢湧水地」です。右岸の崖線下から大量の湧水が流れ出て、小さな谷をつくっています。現在、大小2つの沢の間には遊歩道が作られています。

よく見ると、大沢の近くの湿地帯に古びた石碑がたっています。妙音沢には何回か来ていますが、気ががつきませんでした。思えば、この場所も修験道の修行の場です。そこに昔の信仰を示す遺物があっても当然です。文字は「瀧」しか見えませんがあるいは「瀧壺」と書かれいるのかもしれません。

さらに注目したのはその上に掘られた○の中に3つの線をひいた紋章です。少ししつこいですが、前回の「百草丸」にもある「木曽御岳山」のマークとよく似ています。上の<山形>はありませんが、ここが山ではなく瀧だからでしょうか。御嶽山信仰に限らず、瀧修行はもっとも一般的な修行法です。江戸・王子の石神井川の瀧も修行の場であり、同時に人々が訪れる行楽の場として江戸名所にもなっていました。この場所も、御嶽信仰の盛んだった江戸から明治期までのこの地の歴史を示すものかもしれません。