三鷹市の「水車」を見学 ― 2016年01月21日 10:33
東京都三鷹市のエコミュージアム「水車・しんぐるま」を見学する機会がありました。ここでは江戸時代から昭和40年頃まで利用されてきた両袖型の大型水車経営農家の全体が良好な状態で保存されており、その水車機構の歴史・文化財的価値の高さから、東京都から「武蔵野(野川流域)の水車経営農家」として有形民俗文化財の指定を受け、日本機械学会からは「旧峯岸水車場」として機械遺産の認定を受けています。
場所としては多摩川の支流である野川沿いに位置しており、一帯が大沢と呼ばれる地域で、多い時には6軒ほどの水車農家があったそうです。地域にはごく最近まで湧水を利用したわさび田やホタルの放流地になっている湿地が残り、崖線には横穴式古墳跡など古代からの文化遺跡も点在しています。余談ながら、この付近は旧日本軍の飛行場があった場所で、戦闘機の掩体豪などの戦争遺産もあり、現在は調布飛行場になっています。
水車は、江戸時代の文化5(1808)年頃に創設され、昭和43(1968)年頃に野川の改修によって水流が変わるまでの160年間、回り続けていたとのこと。野川の改修工事によって水車の稼働は停止しましたが、八代目当主の峯岸清さんが水車全体を大切に保存してこられたため、現在も、複雑な機構を持つ水車装置全体が良好な状態で保存されているとのことです。全国的に見ても、精米製粉用の水車としては最大級の規模を誇ります。
水車の概要を紹介すると、使用されている木製歯車の数は大小合わせて19個、水輪の直径4.6メートル、幅97センチ、4斗張り(72リットル)の搗臼(つきうす)12個、2斗張り(36リットル)2個、挽臼(ひきうす)2台、やっこ(=篩(ふるい))1つ、せり上げ(昇降機)2台。水輪の両側に搗臼と挽臼が配される複雑な構成になっています。見学では、ボランテイアの方が丁寧に説明をしてくださり、質疑応答では細かい内容も聞くことができます
場所としては多摩川の支流である野川沿いに位置しており、一帯が大沢と呼ばれる地域で、多い時には6軒ほどの水車農家があったそうです。地域にはごく最近まで湧水を利用したわさび田やホタルの放流地になっている湿地が残り、崖線には横穴式古墳跡など古代からの文化遺跡も点在しています。余談ながら、この付近は旧日本軍の飛行場があった場所で、戦闘機の掩体豪などの戦争遺産もあり、現在は調布飛行場になっています。
水車は、江戸時代の文化5(1808)年頃に創設され、昭和43(1968)年頃に野川の改修によって水流が変わるまでの160年間、回り続けていたとのこと。野川の改修工事によって水車の稼働は停止しましたが、八代目当主の峯岸清さんが水車全体を大切に保存してこられたため、現在も、複雑な機構を持つ水車装置全体が良好な状態で保存されているとのことです。全国的に見ても、精米製粉用の水車としては最大級の規模を誇ります。
水車の概要を紹介すると、使用されている木製歯車の数は大小合わせて19個、水輪の直径4.6メートル、幅97センチ、4斗張り(72リットル)の搗臼(つきうす)12個、2斗張り(36リットル)2個、挽臼(ひきうす)2台、やっこ(=篩(ふるい))1つ、せり上げ(昇降機)2台。水輪の両側に搗臼と挽臼が配される複雑な構成になっています。見学では、ボランテイアの方が丁寧に説明をしてくださり、質疑応答では細かい内容も聞くことができます
コメント
_ manicure ― 2017年05月04日 11:28
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