江戸城の天守模型と清水門2025年12月15日 18:46


久しぶりに皇居の東御苑を散策しました。20年ぶりくらいになるかもしれません。来年2026年に数回に分けて江戸城の外郭(外堀)にある見附(門と枡形)を順に回るまち歩き企画があり、その予行みたいな感じで皇居内苑の景色や建築物を観察してくる一環でのことです。江戸城が「日本一のお城」であったころ、東御苑の場所には「本丸」と「二の丸」があり、本丸には天守台や有名な大奥を含む壮大な規模の建築群=本丸御殿がありましたが、今は一面の広大な芝生の広場とその北隅にこれも驚くような巨石をつらねた礎石のみが残る天守台跡があるだけです。この公園風でもあり遺跡跡風でもある空間は確かに江戸城の並外れたサイズ感を訪問者に示すには十分ですが、廃棄された城跡とはいえ、戦場になったわけでもなく、あまり歴史のにおいを感じさせる場所でないのが不思議な感じです。


一方、白鳥濠を挟んだ二の丸にも「二の丸御殿」があり、家光の世嗣・竹千代(四代将軍家綱)の住まいや、前将軍の側室が晩年過ごした屋敷が置かれていたらしいです。しかしこの場所も明暦の大火(1657)で破壊されてから、二の丸御殿ともども焼失と再建が繰り返され、江戸開城の直前、全焼しました。その後、紆余曲折を経て、第2次大戦後の昭和58年になってから園内の造成が行われ、現在は多くの落葉樹や下草類が植えられ、武蔵野の風景を残す雑木林になっています。これは昭和天皇の意志によるとされています(国民公園協会のホームページから)。この日も冬日の中でコナラやクヌギなどの紅葉が圧倒的でした。


東御苑には以前見られなかったものとして、本丸跡休憩所の隣に「江戸城天守閣の模型展示」があります。小さな小屋の中に置かれ、近くで見るとその精巧な出来栄えがわかります。美術品という観点でも充分な完成度を持っています。聞くところでは3Dプリンタを使い、総額で1億円の費用を要したといわれています。現代の最新機器とソフトウェアさらに職人の工芸技能を組み合わせたもので、永くここの名物になるでしょう。ただ、こうした新しい「文化財」は、確かに素晴らしいのですが、最初の印象が強烈で、2度目以降になると感動が失せるような気がします。




北桔橋門(きたはねばしもん)から東御苑を抜け、北の丸公園に向かうと、科学技術館の先で深い崖に遭遇します。崖の下は内堀=清水掘で、連続する牛が淵につながっています。さらに外堀=牛込門まで続くこの高い崖は自然地形で武蔵野台地の最終線であり、江戸城の防衛ラインでもあります。ここに造られた門は非常に守りに強そうです。清水門は当初からの形式を保ったまま江戸城に残る門と櫓で、さらに、城内への坂道・雁木坂も唯一当時のままです。現存する江戸期の門で重要文化財になっているのはこの清水門の他には田安門と外桜田門だけです。中でも人通りのすくない清水門は見学の穴場スポットです。