鐘楼2題 ― 2025年11月24日 18:21
・中世の風格─鑁阿寺
博物館友の会の「バス見学会」で、秋の一日、北関東を訪れ。太田市の山城─金山城と足利氏の足利氏居館(鑁阿寺=ばんなじ)、太田天神山古墳などを見学してきました。私が中心になっての見学会自体がここ数年ありませんでしたので、事前準備がけっこう大変でした。ただし、参加者30名の多くがいつもの「まち歩き」や「街道歩き」の参加者でしたので、あまり気も使わず、和気あいあいという感じでした。
今回、印象に残ったものにひとつが、足利氏館─鑁阿寺の鐘楼でした。本堂は国宝指定の建築物で見学者がほぼ全員訪れますが、すこし離れた場所にひっそりと立っているのが上の写真の鐘楼です。いわゆる鐘つき堂ですね。
「足利氏館」は、この地の豪族・2代足利義兼が12世紀末頃築造した「館」で国指定史跡です。中世豪族の居館のたたずまいを今日に残し、その規模はやや東西に長い不整方形状のおおむね2町四方。周囲に下幅8~10m、上幅2~2.5m、高さ2~3mの土塁と幅4~5mの濠がめぐり、土塁は設けず、見事な橋と門をが置かれています。日本100名城にも選定されています。
本堂は国宝ですが、この鐘楼もそれにおとらぬ重要文化財です。寺の伝承によれば、この鐘楼が建てられたのは、本堂と同じ建久7年(1196)だそうです。その後、再建されていますが、その時期はわかっていません。金網で塞がれているので中は全く見えないのですが、その中央に鐘が吊り下げられ、四方吹放しとなっています。ただし、鐘は江戸時代の天明鋳物の再鋳です。「木鼻(きばな)や斗栱(ときょう)をはじめ、建物の形状やそのつくり方など、全体に鎌倉時代の禅宗様建築の特色がよく現われている大変珍しく貴重な建物」(解説より)です。写真は、その部分がわかるように明暗を調整しています。
お寺の鐘楼なんてあまりじっくり見学することがありませんが、鑁阿寺のこの鐘楼は見ただけで古風で力強さを感じさせ、いかにも鎌倉時代や中世というものを実感させる建築物です。
・ 山上からの鐘の音─弘法山
その20日ほどあと、今度は地元山の会で神奈川県・秦野市の「弘法山」を訪れ、ここでもその頂上で「鐘楼」に出会いました。ただし、こちらの鐘楼は特に文化財指定などもなくかなり傷んだ様子でしたが、釣られている鐘は堅牢そうでした。いまでもその音を響かせているのではないかとも思われましたが「秦野市のホームページ記事」によると「時刻を知らせる『時の鐘』として、江戸時代から1956年(昭和31)まで秦野周辺地域の人々に親しまれてきた」そうで、今ではそれが鳴ることはないようです。また、1757年(宝暦7)に最初に鋳造されたものの、その後、火災に遭い、現在の鐘は1801年(享和元)に再鋳されたものだそうです。
戦時中、金属品として供出されそうになったところ地元の人々の強い反対で残されたということですから(同記事)この鐘もそれなりの歴史をたどっています。今では、山麓の大用寺に鐘楼門付きの立派な鐘があるようです。山頂から響けば本当に「山のお寺の鐘がなる」でした。
弘法山のあと、反対側に山を下りて参加者みんなで「ミカン狩り」を楽しみました。なんと、この場所は10月終わりにも家族で来た場所でしたが(もちろんその時は登山は無し)ミカン農園は別でした。


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