中村元先生の『仏典をよむ』2019年04月25日 15:42


中村元先生の名著『仏典をよむ』が岩波現代文庫(全4冊、各巻1000円)として出版されていました。発行はつい昨年(2018年)の夏です。中村元氏は、インド哲学者で仏教学者ということになるのでしょうが、一般には、ラジオやテレビを通しての仏教の伝道師というイメージが強いようです。とはいえ、私は、少し前、図書館で2001年発行の、この『仏典をよむ』のオリジナル版(2001年発行)を借りて読むまで、その存在はほとんど知らなかったというのが実状です。最近新刊を購入するということがほとんどありませんので、この文庫版を目にしたというのは偶然とはいえ、何かの意味を感じます。

現在の社会では、宗教といえば“イスラム過激派”という連想がはたらいてしまうほど、精神の問題というより政治の問題になってきています。無欲でいなさい、財産は捨てなさい、愛欲は慎みなさい―これは仏教に限らず多くの宗教が教えていることです。しかし、一方で、現在の私たちは、そんな教えとは正反対の商品経済の中で日々を生きているわけです。

また、これも宗教とは対極にあると思われる科学技術の分野では、その高度化が極限まで進もうとしています。『仏典をよむ』の解説で前田専學氏も語っているように、今や、知能や生命誕生の分野まで人間がコントロールすることが現実問題になってきています。精神の苦しみを和らげるのは精神安定剤の処方であり、死の悲しみも、もしかしたら、将来の再生医療が救う日がくるかもしれない―これも、現代人が宗教を必要としない理由のひとつになっていると思います。

それでも、この本が読まれる。これはなぜでしょうか。思うに、こんなに進歩した時代にあっても、私たちには心の世界が依然として不思議で不可解だからでしょう。たとえば、毎日の生活や人間関係の中で出会う小さなさざ波のようなこころの乱れをいつまでたっても整理できないところがあります。多分、誰もが心穏やかに暮らし、安定した人間関係を求めて生きています。それでも、それらが得られないとき人間は悩み、不安で苦しみます。

宗教は生活救済の手段ではありません。自分を取り巻く人間関係の最終的が姿が見えてくるのは、多分、は60歳以上の、老年期にさしかかった時です。生病老死といいますが、これを現実感をもって感じ始め、その考えが意味をもってくるのもその頃です。仏教が何かの解決の意味をとってくるのはその年代の。それも主として男性なのではないか。今はその程度しか言えません。

『仏典をよむ』(岩波現代文庫)は、原始仏典から大乗仏典にいたるまで,その内容をわかりやすく読み説いていく構成になっています。仏教学者の故・中村元先生のNHKラジオ放送時に大評判をよんだ講義を文章化したものです。この講義は今は「youtube」などで聞くこともできます。