江戸時代の奉行制度とAI ― 2026年07月14日 14:56
また森鷗外からのスタートで失礼します。1915年(大正4年)に発表された『最後の一句』という歴史小説があり、これにも太田蜀山人の随筆『一話一言』という元資料がありますが、タイトルになっている「最後の一句」というのは文中の言葉は鴎外の創作とされています。
あらすじは、元文3年に大阪の船乗り業者桂屋の主人・太郎兵衛が積荷の不正事件で死罪となります。悲嘆にくれるその家族の中で、長女のいち(16歳)をはじめとする5人の幼い子供が「父の代わりに自身と兄弟たちを死罪にしていただきたい」という驚くべき助命の願書を出します。この時の大阪西町奉行佐々又四郎が大阪城代に相談、女房と子供たちを白洲に呼び寄せ、責め道具を並べて圧迫し、一人一人に事情を聞ききますが、いちだけは祖母の話から事情を聞き父の無罪を確信したこと、自身を殺して父を助けてほしいことを理路整然と答えます。なおも、「お前の申立には嘘はあるまいな」と佐々が拷問をほのめかして尋ねても、いちは「間違はございません」と答え、なおも、お前の願いを聞いて父を許せば、お前たちは殺される。父の顔を見なくなるがよいか、との問いに、いちは冷静に「よろしゅうございます」そして「お上の事には間違はございますまいから」と付け加えます。この「お上の事には間違はございますまいから」というのが表題の最後の一句です。願いは聞き届けられ、太郎兵衛は、この時の宮中での桜町天皇大嘗会執行恩赦を名目に死罪を免れます。
小説としては大事なポイントである「お上の事には間違はございますまいから」という言葉ですが、これは鷗外の創作で、この言葉を聞いた奉行などの驚きと警戒の念などの細かい描写には官僚組織から身を引いた当時の鷗外の思いが込められているとされています。
ただ、ここで私はこの「最後の一句」に、深入りしません。思うのは、こうした心情に訴えて罪状が軽減されるということが起きたということの意味です。子供たちのこの行動は、戸時代の書物『五孝子伝』などにも「浪速の五孝子」として記録が残るようで事実と思われます。15歳の少女がこうした行動を思いついたわけですから(お上に)こうした嘆願書を出すということは、珍しいことでしょうが、社会的に考えられないことではなかったようで、小説の中にも「目安箱」の制度があるのだからどんな訴えも聞かないということはないのだと奉行が判断する一節があります。
現代の裁判制度の中でも判決に対して心情的な意味で主に刑の軽減を求める嘆願書はあります。この嘆願書は、現状では刑事訴訟法に基づく「情状(量刑を決めるための様々な事情)」を立証するための、数ある証拠の中の一つという位置付けです。
ここで出てくるのが「情状」です。量刑を決めるための様々な事情というわけですが、これは個々の裁判での被告の個人的・社会的な事情を裁判官が斟酌して量刑の参考にするということになります。現代の人権意識では親の代わりに自分を斬首してほしいというような歎願が受け入れられることはないでしょうが、子供や恋人の代わりに身代わり自首するようなケースはあるのですから、心情的にはありえます。
大事なのは、こうした人間の情愛・感情を判断・斟酌できるのは情愛・感情を共有できる人間だけだということです。昨今はそれも分からない人もいるようですが、これは別として、こうした究極の判断を「機械」には任せられません。お分かりのようにここにAIによる判断の最終基準があるということです。
昨今のウクライナ戦争を報じるメディアの情報によると、戦闘において、人間の兵士の代わりをするロボット兵士(兵器)が実際に登場しているようです。恐ろしいというなかれ、一般市民に無差別殺人やレイプを行う可能性のある人間の兵士より、そうした行為をシステム的に禁止したロボットのほうが安心だという意見もあります。これは自動操縦の自動車の安全装置にもいえそうで、どんな状況でも冷静さを失わない自動運転のほうが事故は少ないという結果もあるそうです。
思わぬ方向に進んでしまいましたが、わかることは、「(もしかしたら悲嘆にくれる母親の心情を察したのかもしれませんが)父の命を救ってほしい」と訴える15歳の少女の一途な気持ちにこたえる心情を持っている奉行が、当時の江戸幕府の官僚制度の中にもいたということです。
(上)こんなSFみたいなものは無いようですが、(下)は本当に計画中のロボット戦闘車のようです。これにAIが搭載される日も近いでしょう。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://mylongwalk.asablo.jp/blog/2026/07/14/9865501/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。


コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。