鎌倉の古道「切通し」2026年01月30日 18:10


神奈川県の古都・鎌倉を訪問することはたびたびあります。また、「鎌倉アルプス」と呼ばれる丘陵地のハイキングコースも2~3回h歩いています。その中で気になった「やぐら」についてこのブログに記事を書いたことがありますが、鎌倉の大きな特徴である「切通し道」については語る機会がありませんでした。今回、この切通し道のひとつである「名越の切通し」に行くことができました。連続する3つの溝状の古い道路は、時代を経て変化しているとはいえ、中世の素朴な街道の雰囲気をそのままに残し、史跡の名にふさわしい保存状態だと思いました。


この切り通し道は、鎌倉の中心部から「平成の巡礼道」と呼ばれる衣張山の山道を越えて、三浦半島・逗子の海に通じる峠にあたります。現在、この下を横須賀線のトンネルが通っていますが、山越えの道に通じる傾斜は今でもかなりの急角度ですから、交通の要衝であると同時に軍事上でもかなり有効な「関所」の役割を果たしたことがわかります。ただ、以前の見学会で通った「朝夷奈切通し」では切り立った崖の中にいくつもの「やぐら」があったように思いますが、ここではあまり見ませんでした。



一般に言われるように、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた大きな理由は、南は海に、北東西は山に囲まれ、敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われています。 江戸のように開けた場所では、敵の侵入を防ぐのは大河川や人工的な堀割です。平地の乏しい鎌倉では、物資運搬のために山などと切り開いて造った道=切通がそのまま城壁の役割を果たしたと思われます。この鎌倉の古道のなかでも、「名越切通し」と同様な「亀ヶ谷坂切通し」「化粧坂切通し」「巨福呂坂切通し」「大仏切通切通し」「極楽寺切通し」「朝夷奈切通」は鎌倉七口と呼ばれ、特に鎌倉と外部を結ぶ要路でした。明治以降は車道として道路拡張が行われましたが、この名越の切通しのように一部の切通しは当時の古道の姿を残しています。歴史の街、鎌倉らしい景色を散策することができる場所として保存されているのは後世の人間にとってありがたいことです。


切通しなど、現在の鎌倉が「風致保存地区」などの政策で、近代化が進む都市の中に中世の自然や歴史景観を保存しようとしているのは評価できますが、住宅のすぐ隣に古びた寺院や樹林の中の古道が残されているため、道は狭く、道路の傾斜は急で、住むには大変かもしれません。また、聞くところでは外来種害獣の被害も大きいそうで、この日も住宅地を走るタイワンリスを数回目にし、山上の名刹・早川寺の本堂裏の崖ではアライグマの鳴き声を聞きました。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://mylongwalk.asablo.jp/blog/2026/01/30/9833805/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。