塩の道─昨年の続きを歩く 22025年11月13日 14:53


 2日目 木崎湖から白馬まで


朝、7時過ぎの大糸線に乗車して昨日の簗場駅まで移動します。この日は快晴の予報だったのですが、夜明け前から濃い霧が立ち込め、民家の屋根も濡れています。信濃大町駅の待合室で、家族を送りに来たらしい高齢男性に訪ねてみると「いつもこんなもの。寒いから霜がふる。今朝は零下2度だった」ということです。この日の東京ではまだ一桁の気温になっていないはずで、標高700メートルでも長野の山地は違うものです。下旬になると雪が降り出すのでしょう。


簗場の駅に降りても深い霧の中で、GPSを使わないと位置が分からないほどです。中綱湖という小さな湖の近くを歩いているうちにだんだん気温が上昇して霧も薄くなり、湖面から水蒸気のような霧があがり、遠くの湖岸の紅葉した木々も目に入るようになりました。ひと一安心です。あたりに人家も見え始めて、どう間違えたのか、歩いていたこの道は湖岸一周の市道のようです。おかげで働いている集落のひとと出会い、道を聞いたりできましたが、この日あった地元の人のほとんど全員から「クマに気をつけてください」といわれました。クマ被害の報道は私も聞いていましたが、この付近でもかなりひんぱんに「野外放送」されるようです。

 青木湖沿いの古道 たたずむ石仏


霧の中を迷いながら、中綱湖を過ぎ青木湖畔に到着しました。ここでも紅葉している木々の向こうの湖に立ち込める霧(ガス)を眺めながらの湖畔一周です。道は整備されていて快適ですが、途中のキャンプ場にも人影が見えず、湖岸まで迫るけわしい原生林の中はなんとなく不気味です。遠くから人の声が聞こえて、近づくと、山際につくられた公衆トイレのどこかでラジオが鳴っているのでした。気にもしなかったクマの存在が急に身近に感じられます。鈴も持っていますが、ここは大きな声で歌をうたって気分をあげました。道は一部、湖岸に出るルートがあり、釣りにでも来たのでしょうか、地元の人に「塩の道はあっち」と教えてもらいました。


湖の南岸に着いたあたりで、道が湖岸からやや山中に入ります。一帯はかなり太いスギ林になります。ここからが佐野峠とよばれ、古道の雰囲気を色濃く残している場所のようで、歩いていくと、路傍の木の陰に地蔵像がたたずみ、道を少しはずれた藪の中に菩薩菩薩像がまるで埋もれるように置かれています。どうやら観音札所のひとつになっているようで、ここを通った人々の心の有様を現している気がします。街道は古来そのままの道かと思いますが、道幅はかなり広く、牛や馬の隊列が通ったことが偲ばれます。


今ではこうして訪れるのはモノ好きな旅人だけでしょう。付近にはまったく人の気配がなく、山側の斜面林はアルプス前衛の千数百メートルの深い山に直接つながっています。私はのんきなのか、クマの恐怖もすぐに忘れて、実感として、実に気持ちのいい場所だと感じました。こういう経験ができるのもあと何年くらいだろうかと余計なことを考えてしまいます。


しかし、現代の白馬地区は観光の街でもあります。さらに旧道を進んでいくと巨大な構造物に遭遇しました。大糸線のトンネルです。この付近には旧道を残す余地がなかったのか(地図も)線路をまたいで進むようになっています。そこを過ぎると「白馬方面のスキー場」用のリフトも目に留まります。


途中で休憩後、さらに進んだ大糸線の踏切のあたりでちょうど保線工事をやっているらしい、2人連れの高齢の作業員と出会いました。電車は1時間に1本も通らない日本屈指のローカル路線なので作業員もヒマみたいで、すこし会話。ここでもクマの話がでました。


線路をわたって道がやや広い平地のほうに蛇行。そこで振り返ると、ここではじめて白い雪をかぶったアルプスの山々を眺めることができました。感動です。五竜岳から白馬岳までの峰々のようで、ここからはずっと、この山々が遠くに見えていました。近くの民家の方に聞くと雪はほんの数日前に降ったそうで、そういえば最初の日に見た鹿島槍ヶ岳はまだ白雪していなかったので、初雪の微妙な時期だったのかもしれません。旅人の私にはアルプスの白い峯はあこがれを誘いますが、土地の人々には雪の季節の到来でうれしくないのかもしれません。しかし、そこに登山やスキーなどの需要があり、清冽な水の流れがあるわけで、生活の質は簡単にいえません。

 はるかアルプスの積雪が見えました。


道はまた飯森駅付近で大糸線をまたいで山麓にもどり、山村を通り抜けます。飯森神社や十王堂に置かれたたくさんの石仏や庚申塔、道標が目につきます。これらはすべて街道のそこここに置かれてあったものでしょう。こうした多くの石造物がこの街道の特徴だと説明版に記してあります。近世から明治以後のわりと新しい年代表記が多いので、多分、昭和以降つい最近まで「塩の道」が使われてきたことを示しているようです。雪深い冬、一本の道の在りかを示すものはこうした道路の左右に置かれた石仏だったのではないかという想像が浮かびます。松本市の塩の道の出発点に「牛つなぎ石」なるものがありますが、道標だって利用したでしょう。



この付近から大糸線の西側山麓の平地が広く、その先のやや低い山陵、その向こうに雪をいだいた北アルプスの峰々が広がります。広大な大地の展望をゆっくり歩く中、「絶景五竜岳」というガイドブックの文字が目にとまりました。正面に雪をかぶった五竜岳とその北方の峰が一列に見える場所のようです。少し前に渡った橋の上からはさらに北方の白馬連峰も視界に入りました。この辺り白馬の語源となった「代掻き馬(しろかきうま)」の雪形が良く見えた場所のようで、確かに、かなりの豊かな耕地が広がっている地域です。


まもなく白馬の駅に到着。すでに午後2時を過ぎ、2日間の歩行で私の足もだいぶ疲れているようですので、ここで引き返すことにしました。残念ですが、大糸線の便数は極端に少なく、帰りのことを考えると、白馬で休んで戻ったほうがいいと考えたためです。しかし、白馬の駅の近くの店はほとんどが閉まっています。スキー客が来訪する冬まで観光客は少ないでしょう。かろうじて開いていた喫茶店で食事をして時間をつぶし信濃大町まで帰りました。実は、塩の道は、難関である「大峰峠越え」を含めて、ここからが本格的な山道になるのです、次回がもしあれば、今度は春、この駅から出発してみたいと思います。

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