寄居の小さな山城2021年11月21日 09:30


私が子供のころはなかったのですが、11月14日は埼玉県民の日になっています。明治初年に行政上の「埼玉県」が誕生した日だということです。この日に合わせて(埼玉県内に限りますが)私鉄の割引切符が発売されますので、地元の山の会でもそれに協力(便乗)して東武東上線で一番遠い寄居駅まで行って近在の山を歩くという企画を毎年やっています。今年は陣見山という低山の典型のような山が目標ですが、その途中に、虎ケ丘城(円良田城ともいいます。円良田は地名)という山城があり、縦走コースの途中であり、休憩施設もありますので、いつも立ち寄ります。



当日、目的の陣見山は頂上に大きな鉄塔が立っていて自由な場所は非常に狭いので写真だけ撮って早々に休憩予定の虎ケ丘城址に向かいます。稜線歩きのアップダウンで大槻峠を経てやや行くと、行く手の尾根にはっきりわかる深い切れ目が現れました(上の写真)。これは山城の防御用につくられた空堀に間違いなく、虎ケ丘城址到着です。



虎ケ丘城には地元の美里町の造ったパネルが設置してあり、不明な点が多いとしながらも、鉢形城への食糧供給を担当したことや天正18年(1590年)の豊臣の鉢形城攻撃の際に真田昌幸の軍に攻められ20日間の戦いの末に落城したという情報がけっこう詳しく書かれています。説明にもあるように、この付近には、やや東の鐘撞堂山とその尾根続きに猪俣城、麓の街道沿いには花園城さらに他にも本城である鉢形城の枝城がたくさんあります。中世の寄居が軍事上あるいは経済上の重要な場所であったことを示しています。



ただし、ここで出てくる猪俣城も登山コースからは外れていて、道もなく通常では行けません。またかなりの部分がゴルフ場に浸食されているようで、とても文化財とは呼べません。花園城は少し前に行ったことがありますが、標識の立つ本廓はもちろん、途中の堀も繁茂した草木でほとんど歩けない状態でした。




虎ケ丘城に話をもどすと、城域内の微高地からは東北側の見晴らしがよく、赤城山や日光・男体山も見えます。ここからなら南側の荒川ぞいの秩父街道を見張るにも好立地だったのでしょう。余談ながら、この場所から波久礼駅への下山途中には、毎回のように立ち寄る温泉施設「かんぽの宿」があります。今年はもお風呂などは入らず、男性のみが表敬訪問、缶ビールで乾杯、送迎バスで寄居まで送ってもらいました。