桶川宿の“時を超える老女”2020年01月31日 18:05

次の「まち歩き」で桶川(埼玉県桶川市)に行こうと考え、関係者3人で下見に出かけました。高校生のとき桶川から来ている友人や後輩も多かったので馴染みがあることはあるのですが、実際には本格的に歩いたことはありませんでした。

企画の性格上、まず桶川の歴史民俗資料館にいくことにしていますので、桶川駅前から市内循環バスに乗りました。1時間に1本の間隔であまり便利ともいえないでしょうが、利用者は結構多いです。料金は一律で100円。桶川は中山道寄りの低地と荒川沿いの段丘という2つに区分されるようですが、段丘上の畑や雑木林が続く地域には古代から中世までの遺跡なども多く、楽しい散歩もできそうです。歴史民俗資料館もその中にあります。

午後は、まち歩きの中心になる中山道の桶川宿を2~3時間ほどかけて探索しました。事前に入手していた資料やガイドマップにしたがい、遺跡や史跡さらに独特の名所を探しながら歩くわけで、たいていはすぐに見つかりますが、中にはこんなところにあったというものもあります。中山道から松山(東松山市)の箭弓稲荷(やきゅういなり)神社への道筋を示す道標「松山以奈り道の道しるべ」はやや離れた場所でしたが立派に保存されていました。一方、中山道中の一里塚跡は歩道橋の鉄製の柱に説明が貼ってあるだけという味気のなさです。

最後に大変だったのが簡単そうな「境橋の石柱」の旧跡です。場所はマップ上に明確に印されていますから眼をこらすのですが、それらしき石柱が見当たりません。そこと思われる場所に歩道橋があるので、この工事でなくなったのかと思い、通りがかった地元のご夫婦(と思います。散歩中のようでした)にうかがいましたが、首をかしげるばかり。するとそのご夫婦がちょうどそこに杖はついていますが姿勢もよく元気に歩いてきた白髪の女性をみつけると「この人なら知っている」という感じで話しかけ始めました。するとその女性は「見ればわかるでしょ」という感じで「この暗渠が川の跡。ここをたどって行けば橋があるのよ」といいながら先頭にたって我々を誘導し、先ほどの歩道橋へ戻りました。そして歩道橋の支柱が建っている草むらの中にほんの10センチほど顔を出している四角い石を杖で差して「これよ」。さらに「場所をいうと盗まれちゃうからあまり話しちゃダメ」と謎のようなこともいいました。この意味はわかりません。

この女性は、このあと、桶川駅に向かう道まで一緒でしたが、浄念寺という古いお寺への曲がり角に来ると「この停車場通りができる前はここが道だったのよ」と言って、駅間通りに交差して伸びている旧道も教えてくれました。「ていしゃば」という言葉がごく自然に出てきましたから、全員で思わず『この人はいったいいくつなんだろう』。

記録によれば桶川駅は1885年(明治18年)に開業しています。当然、中山道につながる駅前道路もその時にできているはずです。その前のことを見てきたかのように語るとはまさに時空をこえているのでしょうか。

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