左足が痛かった2017年03月19日 19:25


1月の始めに山歩きの途中でうっかりして左足を傷めてしまいました。その後あった2回の山歩きの際にも一番最後の下山段階でやはり同じ個所が傷んで一時は(おおげさにいえば)手すりにつかまらないと階段を降りられない状態になりました。念のため整形外科で診てもらいましたが「骨にも腱にも異常なし」とのことで、これはやはり足の筋を痛めただけと思い静観することにしました。

3月に入っての山歩き(3月9日の奥多摩・高水三山)でも心配しましたが、なんとか最後まで持ちました。これは回復したかなと思っていますが、念のため、陽気のよかった18日に一人で高尾山に行って様子をみることにしました。高尾駅から徒歩で登山口。そこからいつものように稲荷山コースを経て城山まで往復して高尾駅まで約3時間半くらい。途中の食事休憩は20分ほどです。高尾山には急坂はそうありませんが階段が多いので、足の調子を探るには好都合です。結果、最後の高尾駅まで足が痛くなることはなく、違和感もありませんでした。

ということで今後も安心できそうです。しかし、桜もまだまだというのに高尾山には相変わらず登山者が多いです。土曜日だったせいか若者、学生が多いようで中には裸足で駈けていく一団もいました。多分どこかの大学の体育部でしょうね。昔の修験道もこんな感じだったのでしょうね。また、トレイルランの連中もかなりいましたが、その一人が木の根につまずいて倒れ、ものすごい勢いで立ち上がって走る去る姿を目撃。やはり転ぶんだ!

上の写真はモミジ平付近での登山道改修工事の様子です。シーズンに合わせたということでしょうが、街中だけでなく、東海道自然歩道でも年度末の土木工事が行われるということです。

城山公園貝塚がなくなった!2017年03月13日 19:24


朝霞市の公園のなかで最も広いのが城山公園です。名前の通り中世の山城跡が残り、そのほとんどが林になっています。ここを通称“岡の城山”といのうのは、同じ市内にもう一か所城山という地名があるからです。もちろん城山なんていう地名は日本中に無数にあります。そしてそのほとんどがそこに「城」があった、あるいはその伝承地ということになるのでしょう。

朝霞の岡の城山にも立派な城跡があります。ただし、戦国時代の山城の遺跡ですから建築物は何も残っていません。ただ空堀とそれに囲まれた廓と呼ばれる広場があるだけです。戦った記録はおろか古文書にもまったく登場しない「歴史なき山城跡」なのです。

それでも私は家からほど近い、散歩道として好適なこの場所を年間に10回程度は訪れています。城の周りをめぐる黒目川の流れに沿って歩くことが多いようです。ところでこの公園にはもう1か所遺跡がありまして、それは貝塚です。いうまでもなく、縄文あるいは弥生時代の生活跡で、武蔵野台地の東端に位置するこの地域ではすこし上流の富士見市の「水子貝塚」が有名です。

朝霞の城山公園の貝塚はそれに比べるととても小さな規模ですが、この場所が内陸深く入り込んだ昔の東京湾の浅瀬であったことを示す貴重なものです。城山台地の外縁部、ササに覆われた小さな一角に、少し前まで、「貝塚跡」と書かれた、位置を示すポールがたっていました。しかし、今ではそのポールもなく、場所を示す囲いもありません。それどころか、乾いた土のグラウンドの一部に代わっています。

あまり気にも留めないで過ごしてきたのがいけないのですが、いつから説明版がなくなったのでしょうか。確か、その場所にはかすかに貝殻とおぼしきものが見えたような記憶があります。気が付くと岡の他の緑縁部の緑もかなり侵食され、乾いた踏み跡道が広がっています。

高水三山の青渭の井戸2017年03月09日 18:42


高水三山とは奥多摩の御嶽渓谷の奥にある3つの山―高水山(たかみずさん)、岩茸石山(いわたけいしやま)、惣嶽山(そうがくさん)のことで、登山ルートとしてはJR青梅線の軍畑駅あるいは御嶽駅から一周するルートがあります。3/6の早朝、天候にやや不安を感じながら、いつもの地元の山の会の一行四人で北朝霞駅を出発しました。

軍畑駅前の車道をゆっくり登っていき、やがて登山道に。高水山は霊山ということで以前はこの登山道を通って多くの人が参詣したのかもしれません。けっこう急な岩場もありますので大変だったろうと思います(現在は頂上近くの高源寺まで車道があります)。3つの山とも標高は近いのですが別の山ですから尾根をかなり下ってまた登るということの繰り返しで、結構体力を使います。2番目の岩茸石山も巻き道がつくてあるほどの険しさがあります。

最後はいよいよ惣嶽山。ここも頂上付近はかなり岩と木の根のからまった急斜面です。登り切ると頂上の平坦地に立派な青渭神社の奥の院があります。ただし、全面が丈夫な金網で覆われていて近寄ることができません。社殿には様々な物語を表す凝った彫刻がほどこされています。ここは特別の日を除いて無人となりますから防災、防犯上の配慮とは思いますが、もう少し気の利いた方法はないでしょうか。

惣嶽山を少し下ると二本の大木の間に注連縄(しめなわ)が通してありま、その下に井戸がありました。これが真名井と称する霊泉(別名青渭の井)で、ここから青渭神社の社名が起ったといわれています。一年中涸れることのない泉といわれますが、この時期はかなりぬかるんではいますが水はありませんでした。しかし、はるか古代から清浄な水の出る場所だったのでしょう。今でもこの地は名水百選の地であり酒造メーカーもあります。

 ■高柄山の馬頭観音

ブログに書きませんでしたが、2/25に登った山梨百名山のひとつである高柄山(上野原市)ではかなりのアップダウンに息をきらしましたが、最後の沢井集落前の峠道で2つの小さな馬頭観音に出会いました。近くに「かなやま金山」があり、往時は頻繁な人馬の往来があったことを忍ばせます。

神社の起源を学ぶ2017年02月23日 20:05


日本には一説で10万以上ともいわれる神社があります。伊勢神宮のように巨大なものもありますが、山裾の石の前に置かれ施設を持たない無名の小さな鳥居も含めればおそらく数え切れません。そんな日本の神社の起源はどこにあるのか―そんな興味深い内容の講演会をききました。2/19に行われた埼玉県立歴史と民俗の博物館友の会講演会「祭祀遺跡と神社の成立」です。講演者は國學院大學教授の笹生衛先生。

事前に配布された資料にはなかなか読めない漢字がならんでいて、難解な講演かと思いましたが、意外にわかりやすく、神社という言葉が使われ始めた時代やその時の神社の形態、環境などを文献調査で証明し、また、それを現在発掘されている古代の祭祀遺跡と比較しながら確認していくという方法で解説していただきました。

特に私が関心を持ったのは山や岩、島などの自然物も神の「居場所」になるという考え方です。笹生先生の講演では奈良の三輪山と福岡県宗像市の沖ノ島について触れていましたが、美しく神秘的な山が信仰の対象になる事例は日本にはきわめて多く、奈良の三輪山は日本の古代文化発祥の地にあったからこそ今でも山岳信仰の見本になるような確固たる伝統を持っているのだろうと思います。沖ノ島も大和と朝鮮を結ぶ中間点にあるという位置から信仰の対象になったものと思います。また、山から流れ出る清流のあることや島であれば清水が湧き出ることなども信仰には大きな要素ということです。

沖ノ島には宗像神社の沖津宮がありますが、この島は簡単に参詣できない禁忌の島で、いまでも女性は立ち入ることができないそうです。今年の夏には世界文化遺産の登録申請がおこなわれるとのこと。

(上の写真は大宮・氷川神社内の宗像神社。バックに神池と神橋)

宝登山神社のオオカミ2017年02月18日 13:26


地元の山の会で秩父の宝登山へ。7時35分、志木駅を出発、寄居で秩父鉄道に乗り換え、野上駅で降ります。街を少し歩いて「ふくろや」という和菓子屋さんで「すまんじゅう」を買いました。あんこの入った蒸饅頭ですがおいしいと評判とのことでベテランの方は皆知っているようです。

宝登山までは山というより盆地を取り巻く丘陵の尾根を登ったり下りたりしながら歩いていくことなります。いわゆる長瀞アルプスです。今回は通常ルートでなく、総持寺というお寺の後ろの登山道から入りました。「神まわり」と書かれた手書きの地図?入りの標識がありまして、どうやら林の中につくられた様々な神社を現す石碑を巡るコースのようです。確かに石組の台座の上に据えられた祠や石碑が次々に現れます。途中のピークには立派な鳥居を設けた御嶽神社が鎮座していました(御嶽山)。その先の白髭神社(天狗山)で「神まわり」は終わりのようです。

少しうろうろしましたが、長瀞アルプス本道に出て、長い階段を登って宝登山頂上へ。宝登山神社は秩父三社のひとつで信仰の山ですが、現在は手軽なハイキングコースになっているようで、特にこの季節は山頂付近に植栽された蠟梅や梅の花を目当てに登山客も多いです。もっとも多くはロープウェイで長瀞駅から来る人たちです。この日は月曜日でしたがかなりの人出がありました。

宝登山頂上には、蠟梅園の明るさと対照的に杉の木立に囲まれた暗く静かな一郭があり、ここに宝登山神社奥の院があります。観光で登ってここに参詣するひともかなり多いようです。数年前の火事のためとかで神社は新しいものですが荘厳さは十分にあります。秩父の神社に特長的なのは狛犬がオオカミであることです。ここの狛犬も新しいですが、かなり写実的なオオカミの姿になっています。

この狛犬のモデルとなったニホンオオカミは100年ほど前に絶滅したとされていますが、今でもその存在を信じている人はいます。オオカミ信仰はこの土地に暮らす人々がかつて自然と一体になった生活をしていたことの象徴だと思います。

「満月ランチ」とは何か2017年02月12日 15:55


今までも何回か登場しましたが「古道探索倶楽部」というマニアックな集まりがあり、今回は「赤山道(街道)大宮道をたどる」というシリーズの2回目の見学会に参加しました。赤山道(街道)とは江戸時代に関東地方開発を行った伊那氏が、その拠点である足立郡赤山(現在の川口市)と現地を結ぶために設けた道路のことですが、台地や低地が複雑に入り組んでいる地形を縫って、水害にも合わずしかも平坦な土地を選んでつくられているため年貢米の輸送路にも使われ、また中山道が川止めになったりした場合の脇往還の役割も果たしたようです。

寒い季節にかかわらずJR東浦和駅前には35名の参加者が集合。中高年が多いのは当然として熱心な方々が多く感心します。ルートとしては、この東浦和駅からJR京浜東北線の与野駅方面にむかいます。いつものように表通りを一歩抜けた場所に古道は残っています。最初の大間木氷川神社、保科正之の養母として有名な見性院のお墓のある清泰寺をへて、いつものように古道の傍らに立つ庚申塔などを見学しながら歩いていきます。

東浦和の周辺は、かなり以前は浦和の田舎という感じでしたが、今では静かな住宅街に変身していました。途中で立ち寄った大間木の高野家の離れ座敷(茶室)では、幕末の蘭学者、高野長英が逃亡の折に立ち寄り数日間滞在した歴史を教えてもらいました。吉村明の小説『長英逃亡』の一場面が浮かんできます。

幸いあまり風もなく楽しく歩けましたが、この日のお昼は、さいたま市緑区の道路沿いにある「豆たぬき」という店にはいりました。なんでも満月というメニューがあり、その名にちなんで満月の日は半額(700円→350円)になるらしいとのことで(この日は満月)ここに立ち寄るように企画したようです。写真の様な感じで、まぁそれほど高級感はありませんがランチには十分でした。

午後2時前に目的の与野駅に到着。解散後、10名ほどの元気組で駅前の居酒屋で慰労会を行いました。

「ひとり出版社」のつぶやき2017年02月10日 19:18


(上の写真は旧川越街道でみつけた巨大なウチワサボテン。内容とは関係ありません)

山岳信仰関係の文献を探していて、ある学会のリンクから岩田書院という出版社に会誌のバックナンバーを注文しました。注文品はすぐに届きましたが、その中に、この出版社の図書目録も同封されていました。

歴史、民俗、宗教などの分野の専門会社らしく、歴史論文みたいな堅い書名が数百点以上紹介されていますが、最後に『新刊ニュースの裏だより』という10ページくらいのちょっと変わった記事がおまけみたいについていました。どうやらこの出版社の編集者が出す自社のお知らせの裏に連載?しているエッセイみたいなもののようです。

これが読んでみると面白い。どうやらこの会社は「ひとり」でやっているようです。当然、協力スタッフやアルバイトはいるでしょうが、基本的に社員はひとり、社長兼平社員ということで、この形態は中小出版社にはかなり多く、俗に“ひとり出版社”といいます。つまり、このエッセイはこの「ひとり出版社」の経営者=編集者である岩田博さんののつぶやきというわけです。

専門書出版経営の難しさ、悩み、楽しみ、研究者に対する複雑な思いなどが、ベテラン編集者らしい、人柄がわかるような軽いテンポで書かれていて、関心のある人なら随所で「わかるわかる」という感じの共感をよぶ読み物です。

同社のホームページを見ると、2013年から続いているこの欄の内容が全部読めます。読者からの同社発行書籍に対する厳しくも暖かい指摘(手紙)が寄せされたという800回あたりが面白いです。代金を支払わない研究者への罵倒も痛烈です。それ以前のつぶやきを含めた、この『新刊ニュースの裏だより』をまとめた『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏』(無明舎出版)がなんと3冊も出ているとのこと。その世界では有名人なのかもしれません。

同社のホームページの『新刊ニュースの裏だより』
http://www.iwata-shoin.co.jp/backnews/uratop.html

この岩田さんのルポがありました。2014年頃のようですが、事務所の中がすごいです。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3698

白幡の六地蔵観音2017年02月06日 20:00


さいたま市のサウスピア(桜区市民センター)に用事があったのでJR埼京線の武蔵浦和駅へ。時間調整のために少し散歩することにしました、この駅は乗り換えでなじみ深い場所なんですが、駅の外には、たまに浦和方面へ歩いて行くとき以外には降りませんので、それほど土地勘はありません。

この日は国道17号線を戸田方面に向かいました。歩いたことのない道です。17号線は埼玉県南部の人には本当に日常の道ですが、広い歩道があり、春先、桜の街路樹をながめながらここから浦和方面に歩くのは気持ちのよいものです。

10分ほど歩いた右側に「白幡観音堂」とかかれた石柱が目に留まりました。両側が大きなマンションや店舗なのですが、やや開けた境内には確かにお堂らしき建物が見えます。なんとなく入ると「足立坂東第十一番」とあり、お墓もありますから、かつては大きなお寺だったのかもしれません。そして左手に見事な六地蔵があらわれました。横には六地蔵を守るかのように、大きな曲がった錫杖を抱えた仏さまを上にいただいた石柱もあります。

六地蔵には交互に茶色と青の帽子、色とりどりのマグカップ、きれいなお花も供えられています。よく見ると造花のようです。多分付近の人がていねいに手入れをしているのではないでしょうか。石柱の側面には「天明四年」と彫られています。飢饉や噴火などの災害が絶えなかった時代にここに地蔵をまつって幸せを祈った人たちの気持ちが受け継がれているようです。

城ヶ崎海岸の松2017年01月31日 19:56


山歩きグループの新年会で静岡県の伊東へ。かなりの格安旅行ツアーですが、私はけっこう満足、他の人もそうだったようです。観光ビジネスではあっと驚くような豪華版からこうした超激安クラスまで相当の格差がありますが、それぞれが利益を出しているのですから不思議なことです。

2日目、朝8時すぎにホテルを出て、伊豆急に乗って城ヶ崎海岸駅へ、ここにある城ヶ崎海岸公園を2時間ほど歩こうという計画です。こうした場合、私はただリーダーについていくだけという主体性のない同行者です。この付近の海岸は火山から流れ出た溶岩と波の浸食で作られたけわしい断崖が続き、平地はほとんどなく、定住生活は大変だったと思いますが、現在は富士箱根国立公園の一部になっていて、観光地・別荘地・保養所として人気があります。私も何回か保養施設にきたことがあります。

この日は季節外れの暖かい陽気で多分20℃くらいの気温はあったのではないでしょうか。もともと暖帯性の気候でヤシの並木やアロエの植え込みなどが目立ちますので、とても1月末とは思えない感じ。風は相当に強かったのですが、少しも寒くはありません。岩場に打ち寄せる波の白さが印象的です。

風景とは別に、この海岸公園では松などの巨木が目につきました。上の写真は、吊り橋から城ヶ崎海岸駅へ向かう途中にある大木です。右の断崖、海岸と対比すると大きさがわかると思いますが、枝ぶりや太い幹の模様もとても美しい。さらに伊豆海洋公園をへて樹林中に静かに建つ蓮着寺へ。日蓮が伊豆へ流されたときに近くの俎岩に漂着したという伝説を持つお寺ですが、山門を入ってすぐにある「日蓮上人袈裟掛けの松」も驚異的な巨木です。本堂横にあるヤマモモの樹は日本一の大きさとの説明があります。その他にもこの公園の林の中には時代を経た巨木が目につきました。もう少し時間をかけて訪れてみたい場所です。

工場見学で見たものは2017年01月23日 20:11

あさか環境市民会議という団体の研修会で2か所の工場施設を見学しました。ひとつは飲料水の宅配方式ビジネスを行っているクリクラ製造工場(埼玉県本庄市)。もう1か所は食品のガトーハラダ本社工場(群馬県高崎市)。利根川の支流である烏川を挟んだ近い距離にあります。

クリクラ本庄工場は2015年に完成したという新工場で、広い敷地の中にあざやかなデザインの事務所棟と工場が並んでいます。工場正面には「クリクラミュージアム」の文字があります。つまり、ここははじめから訪問者に見学してもらうことを予定して建ててあるということです。産業観光開発に力を入れている埼玉県本庄市との協力体制のもと、この施設も本庄市の新たな観光資源として活用されているようです。

工場では月産100万本の宅配水を生産しているとのこと。説明をうけ、生産設備を見学しましたが、驚くのは工場内にまったく人がいないことです。水の浄化、充填、容器の搬送などはきれいな流れ作業なのですが、完全にオートメーションです。次工程の出荷用のラックの倉庫は天井が見えないほど巨大な立体構造の建物ですが、ラックを探して運んでくるのも、そこに詰め込むのもすべて産業用ロボットです。

午後にたずねたガトーフェスタハラダは、ラスクなどパンから作った洋菓子の専門メーカーですが、この工場も2年程前に完成した新工場で外観が西洋のお城の陽なっているので「シャトー」の名称がつけられています(写真)。ここでも、説明のあと、工場2階、3階の生産ラインを見学しましたが、白衣をきた作業員の姿は本当に少なく、製品の検査や選別、袋詰めなどがほとんど自動化されています。検査や選別の仕事はおそらく少し前まではベテラン作業員がやっていたものと思いますが、こうした最新工場での省力化の波はすごいものがあります。

2つとも完成したばかりの新工場だからかもしれませんが、われわれがよく知っている自動車や鉄鋼業などの大工場だけでなく、こうした比較的小さな、手作業主体だと思えるような日常消費用品の製造ラインまでこうしたセンサーやロボットによる無人化が進んでいることにあらためて驚きます。現在では、製造後の発送、輸送行程でも自動運転技術みたいな無人化が進んでいるようです。もちろん、どこかに人間が必要なことはわかっていますが、単純に「工場新設=雇用拡大」にならないことは確かです。