元箱根の六道地蔵 ― 2026年06月18日 14:21
上の写真は「六道地蔵」と呼ばれる箱根の石仏です。巨大な岩に穿った浅い洞窟の中に掘られた仏像いわゆる摩崖仏です。
小田原と三島の間の箱根路を通る東海道には旧街道が残り、主に江戸時代に造られた石畳道などを随所に残して、そこが「自然歩道」として整備されていることから日本の「旧街道歩き」の精緻のようになっています。しかし、この旧街道ルートは、登山鉄道やロープウェイが通る強羅や塔ノ沢、芦ノ湖観光などの代表的な観光ルートからはずれていますので、意外に通ることが少ないものです。
私も箱根には結構来ていますが、この旧街道ルートを実際に踏破したことはなく、せいぜい観光地である箱根関所跡付近にその雰囲気を感じる程度でした。しかし人生も終盤、心残りのないようにということで、今回は山の会で、地形や道の様子を探りながらの再訪することを考えながらい歩いてきました。
出発は根湯本駅からです。早雲寺までは裏の狭い近道を行きます。この日の朝までかなり雨が降っていたこともあり道は濡れています。畑宿までの2時間弱の緩い登り坂で、途中の新道の並行する旧道の石畳道はけっこう歩きにくいです。それでも当時の旅人には、それ以前の泥道や竹道よりはるかによかったようで、明治に入ってもこの石畳は造られつづけたとのこと。確かにより古い道と思しきあたりでは石の角がすり減っている気がします。
増水した須雲川や避けて途中の急坂区間をバスで乗り切り、甘酒茶屋まで進み、休憩後、ここからも石畳歩道など旧街道の雰囲気を感じながら芦ノ湖畔の元箱根港に到着です。のどかな雰囲気から一転、観光地の雰囲気です。
この元箱根からも、いわゆる「鎌倉古道」と呼ばれる湯坂道方面に続く旧道が延びています。今回の旧道歩きは当初からこの近くに残る「箱根仏群」に立ち寄るのが大きな目的でした。小涌谷を経て箱根湯本へ帰る路線バスに乗車してすぐの「六道地蔵」バス停で降ります。一面何もない草原が広がり芦ノ湖方面には小さな池が見えます。これが精進池で、ふとみると道のわきに「箱根石仏群」という色褪せたパネルがひっそりと建てられています。以前あったという「石仏館」は終了ということで、今や立ち寄る人もないのかもしれません。無情なようですが、こののさびれた風景は石の地蔵にはふさわしいのかもしれないと私には感じられました。石仏群は旧道をはさんで広がっていて、六道地蔵はすぐ先にある素朴な地下道を通って街道を越えた反対側にあるようです。
狭い広場の先、崖沿いの草に半分隠れるように見えるのが地蔵堂でしょうか。建物に近寄るとお堂の中の暗闇に星の光る白い点が見えます。お堂は浅い洞窟を覆うように建てられていて、中心に六道地蔵が白い岩の台座に座っています。暗い中で、よく見ると岩一面に浮き彫りされていることに気がつきます。これが摩崖仏─岩に刻まれた仏像です。星の光と見えたのは菩薩の額の白毫(びゃくごう)でした。暗さに慣れてきても全体はそう明瞭には見えませんが、白い石に掘られた蓮の花びらに座り、右手に錫杖をもっているのは間違いなく地蔵菩薩です。座像は珍しいかもしれません。大仏とはいえませんが、ひとの倍位の背丈はありそうで、静かな顔がまっすぐこちらを見ています。
私がこのような洞窟の中の仏像を始めてみたのは九州を訪れた40年ほど前のことです。JR大分駅からバスで30分ほどの距離にあった低い崖の中腹に掘られた洞窟でした。当時はまだ臼杵大仏が国宝指定される前だと思いますが、まして有名遺跡でもないこの場所には訪れる人もなく閑散として、探さなければ場所もわからないほどでした。しかし、外光を浴びてかすかに輝く石仏(廬舎那仏だったと思います)の存在感には息を飲む思いでした。宗教的というより美的芸術として素直に感動したのだと思います。
その後、旧街道歩きや見学会で多くの野仏、石仏に出会う機会が増えましたが、今回この箱根で出会った「六道地蔵」は、大分の摩崖仏以来のすばらしい経験でした。箱根の六道地蔵は再建されたというお堂に保護されていますが、近くにお寺や施設はありません。また、この箱根石仏群には他にも応長地蔵(火焚地蔵)など、いくつもの貴重な石仏が残り「六道地蔵」と同じ国の重要文化財に指定されているものもありますが、六道地蔵以外はほとんど野ざらしで芦ノ湖畔の旧街道脇にたたずんでいます。
この場所は江戸時代以前から東海道が通っていましたが、時に火山性の有毒ガスと思われる現象で旅人が亡くなったそうです。そこで、地獄と呼ばれここが六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)に分かれる辻だと考えられていたとかで、無名の修行僧がここにあった箱根火山の噴出岩に心を込めて仏像を刻んだのだと思います。精進池という名ものもその名残でしょうか。
この地蔵群を超えると道は東に曲がり、湯坂道とよばれる尾根道をたどって箱根湯本に向かう山道になります。今回の須雲川沿いの道ができる以前のいわゆる「鎌倉古道」です。



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