西行物語の不思議2018年10月11日 13:55


 心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ
 ねがはくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ

この2首の和歌は広く知られています。最初の歌は『新古今和歌集』を代表する一首でしょう。鴫(シギ)とは水辺に多い鳥のことです。多くは秋に日本にわたってきます。人の足音に気づいて飛びたっていく一羽のシギ。いかにも静かな晩秋の雰囲気が伝わってきます。「あはれ」の意味も、特に説明がなくとも理解されます。2首目も有名な歌ですが、まるで自分の死後の世界がすぐ隣にあるような想像、われわれを一種種異次元の世界に誘い込むような感じが残ります。サクラの花は精神の永遠性を象徴しているようです。

この2つの歌の作者は西行。出家・修行した僧侶でもありますので西行法師ともいいます。『平家物語』で描かれた平清盛と同時代、つまり平安末期・源平合戦の動乱の時代から中世が始まってゆく時代の人物です。平清盛とは、生まれ育ちが地下階級の武士であったことも似ていますが、人生の途中から、西行と清盛とはまったく違った生き方を選んでいきます。

 年たけてまた越ゆべしと思ひきや いのちなりけり小夜の中山 

これは亡くなる数年前の歌だそうです。西行の生涯も厳しいものでしたが、「いのちなりけり」という言葉は生老境に入った漂泊の旅人・西行の生への執着でしょうか。西行はこの他にも優れた歌をたくさん残しています。高い名声をえた西行ですが、「ねがはくは花のもとにて春死なむ」と歌った通りの見事な往生をとげたこともあって、その奇跡の様な生涯が古くから「西行物語」として語り継がれていたようです。「西行伝説」といってもいいでしょう。

これは高橋英夫著の『西行』(岩波新書)によると、この西行伝説にはかなり人間的な一面があり「修験の荒行に涙する西行」、「老女や幼児にからかわれる西行」などの伝説が残されています。なかでも興味深いのは魔術師・西行の伝説です。これは西行が高野山中で人骨を拾い集めて人の形を作り命を吹き込んだという奇怪な話です。確かな伝承ではないようですが、こうした話が伝えられるあたりに、当時のひとびとの、西行の超人的な才能への恐れともいえるような驚きがあるように思います。

はるか後年、松尾芭蕉がこの西行に心酔し、その歌枕の地を訪ねて旅したのが『奥の細道』であることも有名です。さらに現在まで、多くの人がこの『奥の細道』に記された場所(歌枕)を巡る旅にあこがれていることを考えると、時代を超えた壮大な精神の歴史がつながっているように思われます。(上の写真は、センチュリー美術館本「西行物語絵巻」第二巻 《西行、如意輪の滝を拝む》より)

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