正福寺の千体地蔵2018年08月13日 14:04


東京都下の東村山にある正福寺の地蔵堂は関東地方では数少ない国宝に指定されている建築物です。聞いてはいましたが、こうした面に詳しい方の案内で始めて訪れ、ちょうど8月8日の施餓鬼供養の日であったことからお堂の内部を見学することができました。この地蔵堂は、本尊の地蔵菩薩の周りに、多くの人々が寄進した小さなお地蔵様が並んでいることから、地元では「千体地蔵堂」といわれています。

地蔵堂に赴く前に、東村山市立の「ふるさと歴史館」に立ち寄り、学芸員の方に、この「千体地蔵堂」について詳しく解説していただきました。地元の宝ということで歴史館内には「千体地蔵堂」の精密な模型が内部構造までわかるように展示されています。そこで、桁行三間、梁間三間という格式と伝統による大きさや一重裳階(もこし)付,入母屋造,こけら葺, 裳階銅板葺附(つけたり)という建物の概要がじっくりと理解できました。また、垂木の組み方の特色、美術的な鑑賞の仕方も教えていただきました。

昭和9年の改修の際にこの垂木の中から発見された墨書銘により、この地蔵堂は室町時代の応永14年(1407年)の建立とわかり、鎌倉の円覚寺舎利殿とともに禅宗様建築の代表的遺構として国宝建造物として指定されたとのこと。それまでは、鎌倉幕府第8代執権の北条時宗が鷹狩りの折病気になり、夢枕に黄衣をまとった地蔵菩薩が現れ、丸薬をいただき、眠りから覚めたら病いが治った。そこで地蔵尊を敬い、弘安元年(1278年)この地蔵堂を建立したという寺伝があったそうです。

鎌倉時代の時宗伝説はおくとしても、この地に、これほど古くから、格式の高い地蔵堂と当然それにふさわしい寺院があったことになります。鎌倉街道が通り、古代から、東海道と東山道を結ぶ文化伝播の土地であったのでしょう。

当日は台風の風雨が予想されるなかで、短時間の内部公開にうまく出会うことができ、うす暗い堂内でしたが、錫状を持ったおなじみの地蔵菩薩を中心に、左右に、これは現代につくられた木製のケースの中に、掌に納まるような小さな地蔵菩薩が整然と鎮座する姿を拝見いたしました。いずれもなにがしかの願いや御礼の気持ちが込められたお地蔵様なのです。

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