鉢形城をひとめぐり2018年06月30日 21:21


早い梅雨明けの発表のあった日、埼玉県の寄居は37.5度を記録して全国で一番暑かったそうです。この寄居に2日前に行っていました。秋に、この地にある鉢形城を訪れる計画があり、その下見というわけです。この日も蒸し暑く、歩くのも大変でしたが、一行3人はボランティアガイドの方にご案内いただき、主要な場所を見て歩くことができました。

寄居町は、はるか奥秩父に発した荒川の急流が広大な関東平野には溢れ出る位置にあります。その名の通りの暴れ川は地表を削り、険峻な河岸段丘を形成していますが、一方、玉淀ダムなどにより平坦な河原も出現し、いくつかの場所が「名勝」になっている観光地でもあります。

秩父方面や上州、信州方面を望む重要な地理上の地点でもあったことから、この地に造られたのが鉢形城です。天正18年(1590)の豊臣秀吉による小田原攻めの際には、後北条氏の重要な支城として、前田利家・上杉景勝等の北国軍に包囲され、1ヶ月余りの籠城戦を展開したのが有名です。昭和7年に国指定史跡となっています。

実際に寄居駅から荒川に架かる正喜橋まで来ると、高さ30メートル以上の白褐色の岩で形成された断崖に圧倒され、その向こうにある鉢形城が、いかに天然の要害であるかがわかります。さらに城中に入るとかなりの広さであることに驚きます。残された土塁の跡、いくつかの郭とその間の複雑な防御構造、なにより内濠として機能したという深沢川の急流が作り出している渓谷には圧倒されます。

まだ重火器の発達していなかった中世には、この自然の要塞を攻めることはかなり難しかったでしょう。数千人で数万の軍勢を防いだというも納得です。鉢形城は武蔵の国の中で屈指の名城といわれます。予想以上の規模と保存状態でした。

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