アリゲーターガーを発見!2016年07月06日 23:20

池の中に見えますね

7/3の午後、とても暑い日でしたが、さいたま市の大宮公園内にある「瓢箪池」で話題の外来魚、アリゲーター・ガーを発見しました。

博物館で開かれる講演会に参加するために、午後2時頃、氷川参道から公園に入り、競輪場の前の道路を歩いていた時、なにかあわただしい人の動きが目に入りました。「ほら、あそこにいる」という女性の声も聞こえます。みると、池のそばにおおきな魚網をもったカーキ色の作業員や投網と思われる道具をもった人もいます。服装からして全員、公園管理事務所のひとのようです。そして、その人たちの視線の先、岸から約10メートルくらいの池の中にあやしい黒い影が見えました。1メートルくらいでしょうか。鯉よりも細くとがった形でじっと動きません。全体の様子から、これは今話題になっている外来魚「アリゲーターガー」だということはすぐにわかりました。

投網を持った作業員が岸をまわって歩き、一番ちかそうな場所で網を放り投げましたが、魚はあっという間に消えたようで「だめだ、逃げられた!」という声だけが聞こえました。水面の波が収まっても当然先ほどの魚影はありません。浅い池ですが逃げるところはたくさんあります。最近はガマなどの水生植物の茂みも増えていますので探すのは大変でしょう。

時間がないのでそのままそこは立ち去り、午後4時半過ぎ、帰りに通りかった時には池の周りにはもう誰もいませんでした。この怪魚は最近日本のあちこちに出没するようで(つまり誰かが放流するわけです)、そう珍しい光景でもないようです。

今年もスイレンの花が2016年07月21日 12:54


関東地方はまだ梅雨ですが、ずいぶん暑い日もあります。見た目の涼しさを求めて小さな水盤にスイレンを一株入れたのは数年前のこと。メダカが数匹いたりいなかったりしていますが、毎年、夏になると小さな花を咲かせています。最初の白い花がきれいだったので、もう一株いれて翌年は白と赤紫の競演になりましたが、次の年からは白は芽を出さなくなりました。

土壌の違いなのかわかりませんが、何しろ肥料もなしでほおってあるだけですから枯れた理由はわかりません。ヒメスイレンという園芸品種と思いますが、ともかく今年も初夏になると、浅い水の底から小さな丸い葉を広げはじめ、次第に大きくなって水の上に顔を出し、7月初旬には蕾を持った花芽が水面から10cmくらいまで伸びます。午前中は咲いていますが、夕方には蕾を閉じてしまい、やがて枯れます。すると下からまた新しい蕾が上がってくるという感じです。

「蓮の花」というのは、泥のたまったあまりきれいでない沼地のなかにありながら実に清らかな花を咲かせますので、東洋では仏の象徴です。西洋でもlotus(ロータス)は「その実を食べると苦しみを忘れ楽しい夢を結ぶと考えられた想像上の植物」という聖なる意味を持つようです。そういえば 「lotus123」というMS-DOSの時代に一世を風靡した表計算ソフトがありましたね。

山上の小さな社2016年07月24日 16:04


福島県の霊山(りょうぜん)という山にいってきました。知る人ぞ知るという名山のひとつだと思いますが、名前からも想像がつくように古代からの山岳宗教の聖地だったようです。かつては険しい岩山に囲まれたこの山の中に平安時代初期に開かれたという天台宗の拠点があり、数千の僧房があったとされ、また中世の南北朝時代には南朝方の山城があったとも伝えれています。

登ってみると、いたるところに奇岩、奇石が点在していて「天狗の相撲場」とか「猿飛岩」などの観光スポット?とともに「物見岩」や「護摩壇」など、この地の実際の歴史と文化を感じさせる地名が次々に登場します。「親不知・子不知」「蟻の戸渡り」などのスリルのある岩場もありますので、もうすこし首都圏に近ければ登山者も飛躍的に多いと思われます(それでも秋の紅葉時にはかなりにぎわうようです)。

今回は、ここにある岩場登山用の金属製の梯子が北アルプス槍ヶ岳のそれと似ているということで「予行」演習のためにというのが目的でした(私はいきませんが)。標高は850メートルで、この季節ですから、相当暑いだろうと予想していたのですが、なんと半袖では涼しいというくらいの気温で水もあまり必要ではありませんでした。

日本の名山といわれる山の多くは、このように、多くの修験者が開いた信仰の山です。この霊山でもいくつかの遺跡が残されています。<写真>はそのひとつで、橋がなければとうてい渡れないような天然の岩屋の中に祭られている小さな社です。この上奥にももうひとつあります。「大山祇神社跡」との説明がありました。こうした山全体あるいは岩全体を信仰の対象とみる祭祀場は日本全国に無数にあると思いますが、いつ、誰が、どのようにしてこうしたものを祭り始めたものでしょうか。起源はそうとうに古く、神社の始まりとともにあるような気がします。大宮の埼玉県立歴史と民俗の博物館で今年中に「祭祀の起源」という講演が行われる予定になっています。こうした自然崇拝と宗教の関係が語られるでしょうか。